私が開院した理由

腰痛は中学生の時から


初めて腰が痛いと感じたのは中学1年の時でした。
姿勢がすごく悪く、よく注意をされてましたがそ
んな事で腰痛になるわけがないと思っていました。

でも違和感があるから腰を捻ってボキボキ鳴らし
たり背中を反って伸ばしたりをよくしていました。

ボキボキならすと気持ち良く、一瞬良くなったよ
うな錯覚になってましたが、腰痛はどんどんひど
くなっていました。

高校時代にさらにひどく・・・


高校時代はゴルフ部に所属していました。
あまり運動は得意ではなかったので長くできる事
がいいと思い入ったのですが腰には非常に良くない
スポーツ、当時は知らなかったので余計に腰痛は
悪化してしまいました。

また、学生ゴルフはキャディバックは自分で担いで
走って移動していたので腰への負担が半端ではなか
ったです。。

そしてある時、練習中に左腰に激痛、動けなくな
りました。
今まで感じたことがない感じの痛み。
「これはまずいなー」と思いました。

母に連れられて接骨院に行きました。
かなり重症で、施術をうけてなんとなく動けるよう
になりましたが違和感はずっと残るようになりまし た。

腰痛の状態が当たり前に・・・


接骨院などでマッサージを受けて、少しずつ改善し
ていた中
、昔からの夢である競走馬に携わる仕事が
したかったので、東京の動物の専門学校に入学しま
した。

中学生のときから競馬の騎手になりたかったのです
が身長が170近くあったため断念、でも馬の仕事
がどうしてもしたかったので千葉にある動物専門学
校でしたが思い切って受験して合格しました。

動物に接する勉強で、飼育や解剖の実習、北海道
の酪農家へのホームステイなど厳しくタイトなスケ
ジュールでした。実習の出席や成績が悪いと退学も
ある学校でしたので気を抜くことはできませんでし
た。

そういう学校でしたので腰痛がどんどんひどくなっ
ても休めず、ごまかしながらどうにか毎日を乗り切
っていました。

しかし2年生の後期で実習先(北海道のサラブレッド
の牧場)で激しく痛めてしまい、1か月研修予定が5
日間で帰るはめになり、情けないやら悔しいやらで
の体を恨みました。

卒業して他の友人が就職する中、私は体がどうにもな
らず就職をあきらめて1年間フリーターをしていました。
この1年でしっかり治して出直そうと考えてたのです。
そして1年後、サラブレッドの牧場に就職しました。

楽しみにしていたはずの仕事でしたが・・・

私が開院した理由 北海道の日高地方、道南はサラブレッドの生産
が盛んなところで静内というところで働くこと
になりました。

主にお母さんになった馬のお世話をしていて、
馬の手入れ、1月から5月くらいまでは出産シ
ーズンで毎年20頭くらい仔馬が産まれます

でその馬たちの身の回りのお世話が主な仕事で
した。

夏は特にきつくて、牧場に生える草を刈ること
が毎日でした。それでも馬に触れ合えることは
楽しく、きつくても我慢できましたし、自分は
この世界で生きていくと思っていました。

牧場の仕事は力仕事が主でした。
ある時、牧草の塊、約60キロくらいあるもの
を厩舎(馬を入れる場所)に入れているときに、
またあの痛みが起きました。

左腰が痛くなり動けなくなったのです。
「やばい、またやってしまった・・・」

月に休みは3日しかなく、大きくない牧場でし
たので休むわけにもいきません。田舎ですので
車で40分走らせて接骨院に通うようになりま
した。

先生からは休まないと良くならないと言われま
したが休むわけもいきません。結局ごまかしな
がら毎日を過ごしましたが日に日に悪化
していきました。

働けない日々、居場所がなくなる恐怖


私が開院した理由 牧場の仕事は大変で、朝は4時半に起きて、
夜は8時まで働いてました。出産シーズン
ともなると休みはなく、交代で徹夜をする
こともありました。

そんな生活で腰痛が治るわけもなく、働け
ない事もしばしば出てくるようになり、つ
いには居場所がなくなってしまい、退職す
ることになりました。

ただこの仕事は好きだったのでまた腰を治
して出直そうと思ってました。

両親の病


そして地元に帰り、整体に行きながら自分
でも何とかしないといけないと思い、ジム
にも通うようになりました。

北海道の仕事は力仕事でしたが、動き回る
ことは少なく体重も15キロくらい太った
ので体重を戻して体の負担を減らそうと思
ったのです。

そしてまた北海道で挑戦しようと思いまし
た。幸いにも知り合いから誘いもあり、大
手の牧場に就職が決まりました。その矢先
です。母の病気がみつかったのです。

病名は『肺がん』でした。今ここで僕が行
くわけには行かない!
そう思い、北海道に行くのは断念しました。

未練はありましたが自分は母の側にいてあ
げたいと思ったのです。
その頃父も病気だったので見る人間がいま
せんでした。

母は元氣が取り柄の人だったので、とても
信じれませんでしたが確実に病気に犯され
ていきました。この頃から健康についてす
ごく考えるようになりました。

この頃母は大分弱ってましたが私に言いま
した。
あなたは優しいから人を癒す仕事をしたら
いい。その言葉を聞き、お世話になってた
整体の先生の元で勉強させてもらうように
なりました。

母が導いてくれたこの世界で


肩周辺の施術1 母に施術をしてあげるととても喜んでくれました。
母はそれから間もなくして亡くなりました。

今はさらに技術を変えて施術に当たらせていただ
いてますが、あの母の言葉のおかげで今の自分が
あると思います。

私自身、体の事でかなり苦労してますし、今も疲
れが溜まったりすると腰に違和感が出ますし偏頭
痛にもなります。

だからこそ体に不安がなければ仕事にも打ち込め
ますし、何より毎日が楽しくなると思っています。そういった不安や心配がある方の手助けができればそれ以上の喜びはないと思っています。

自分の痛みや辛さも人にはわかってもらえない事もあります。
ですのでそういった悩みを吐き出せる場所であり たいと思います。

これからも母が導いてくれた整体という道で、できるだけ沢山の人の笑顔が見れたらいいなと思います。

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